強い精神力とスタミナに支えられた全力ファイトでファンの心をつかんだ元WBA世界S・フライ級チャンピオンの河野公平(38歳=ワタナベ)が22日、都内のジムで記者会見を開き、現役引退を表明した。くしくもこの日は18年前の2000年、河野がデビュー戦を行った日となった。
デビュー戦は20歳の誕生日の前日。「勝って20歳のお祝いをするつもりだった」という河野だが、試合に敗れ、顔には青たん。河野のボクシング人生はスタートから挫折の連続だった。
07年に日本S・フライ級王座、OPBF同級王座を獲得して、翌年の世界初挑戦は名信信男に敗れた。10年にWBC王座決定戦でトマス・ロハスに敗れると、ここから3連敗。「河野は終わった」とだれもが思った。
しかし、ここで世界ランカーとの試合が組まれると、「頸椎ヘルニアになり、眠ることもできなかった」という逆境の乗り越えて勝利し、12年にWBA同級王者テーパリット・ゴーキャットジム(タイ)を下し、3度目の挑戦で世界を獲得した。
18年に及んだ現役生活で一番思い出に残るシーンはやはりこのときだったそうで、「うまくいかないこともたくさんあったけど、それを乗り越えて世界チャンピオンになれた。心臓が飛び出そうなほどうれしくて、最高のボクシング人生だった」と河野。常に全力だったボクサーだけに「燃え尽きた」との言葉には説得力があった。
「一番強かった相手は?」との問いには、いっぱいいるけど、最後のほうだったら井上(尚弥)くんが各段に強かった。あの試合も燃えました。自分を(挑戦者に)選んでくれて感謝しています」と納得の表情だった。
初防衛戦で失ったWBA王座に返り咲き、2度目の王座では、知名度の高い亀田興毅を退けるなど3度の防衛に成功。生涯戦績は46戦33勝14KO12敗1分。5月にオーストラリアで行ったジェイソン・マロニー(豪)戦がラストファイトになった。
第2の人生は未定ながら、河野は鍼灸師の資格を持ち、父親が経営する「外苑前カイロプラクティック」と継ぐという選択肢も頭の片隅にあるという。引退式は来年1月12日、デビュー戦で敗れ、世界タイトルを獲った思い出の後楽園ホールで行われる。